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合弁会社設立ビジネス

 中国に合弁会社を設立するとき一番気をつけなければならないのは、決して合弁相手の中国人ではありません。本当に気をつけなければならないのは同じ日本人やむしろ自分自身の誤った判断であることが多いのです。

 ある中堅メーカーがありました。規模こそさほど大きくないものの長年の努力のおかげで業界ではそれなりの地位を築きました。バブル期にも堅実な経営を続けてきた結果、内部留保でそこそこお金も貯め込みました。株式は公開していないので、うるさい株主に「配当しろ」と文句を言われることもなく、まあまあ自由に使えるお金です。

 そこの創業社長(ジジイ)が新幹線の中で日経ビジネスだかを読んじゃったのか、何かの折に中国の話を3回したら黄信号、5回言ったらもう赤信号です。
 いつの間に湧いて出たのか、どこからともなくコンサルタントや銀行などが群がってきて、「日本市場は頭打ち」「発展を続ける中国」「みんなもう出た」とか、もっともらしいが余計なことを社長に吹き込みます。

 甘い言葉に誘われて、ちょっとでも社長が「中国に合弁会社を作ろうかなー」と口を滑らせたら、まずコンサルタント(どこかで中国ビジネスをかじったオッサン)だか中国なんとか銀行(日本の信託銀行や外資系ファンドとつるんでいる)だかとにかく進出に大乗り気な連中に取り囲まれて上海に連れて来られます。魔都上海はそんな人の心をくすぐる舞台装置をちゃんと用意しています。

 まず浦東空港に降り立ち、車で市中心部に移動する間に見渡す限りの大地が広がり、地平線が見える大陸の壮大なスケールに圧倒されます。
 さらにきれいに舗装された片側4車線の高速道路を通ります。隣には並行して走るリニアモーターカーがスゴいスピードで社長の車を追い抜きます。
 やがて上海中心部に着いた社長は意匠に凝った超高層ビル群を目の当たりにします。しかも今なお大きなビルの建設ラッシュが続く光景に「これはスゴい」とか言い始めます。

 軽くひと通り圧倒されたところで、一流ホテルにチェックインです。とても中国とは思えない近代的な建物で美人のお姉さんがにこやかに対応してくれます。思わず日本円を人民元に交換する手もとが震えてしまいます。
 「いやあ、○○銀行さん。とてもいいホテルですね。どうもありがとう!」社長はお礼を言いますが、礼を述べるまでもなく、すべての費用はあんたの会社持ちです。

 さっそく視察と称して市内観光に出かけますが、これまた美人で日本語がぺらぺらの中国人のお姉さんがにっこり笑ってアテンドに付きます。「私は○○エージェンシーの△△と申します。ようこそ中国へ!」社長は鼻の下が伸びまくりです。
 見るもの聞くもの何でも珍しく、食事も好物ばかり出てきてしかもおいしいものばかり。社長はあっという間に中国大好き人間になってしまいましたが、当たり前です。こんな毎日やっているような接待に失敗するマヌケたビジネスマンを私は知りません。

 食事が終われば今度は得意の中国カラオケです。若くてきれいで日本語の上手な小姐が社長の側にべったり付いて、あれやこれやと面倒を見てくれます。まあ、だいたいここまででほとんど勝負は決まったようなものです。
 明日以降予定されている一番真面目だが一番中身のない現地企業トップとの会談などはすでに社長の判断になんの効果も及ぼしません。せいぜい「(よく知らないけど)中国の有名な企業の人とお知り合いになった」くらいです。

 ま、合弁会社に限らず経営形態などによって合作会社とかいろいろありますが、中身はだいたい同じです。日本の企業が中国というアウェーであまり知らない中国企業とよく分からない契約を交わして、カネを出して会社を作るわけです。
 もちろんうっかり騙されないように社長は弁護士や会計事務所など間に立てられるものは全部立て、コンサルタントや銀行など相談できるところには全部相談します。当然カネがかかりますが、大きなカネをポンと出すのは気が引けるが、小さなカネなら何回でも払ってしまうのが中小企業の悲しいサガです。

 多くの場合、日本の会社は技術を、外国の会社はそれ以外の部分を提供して、あとは社長をここに連れてきた乗り気な連中の話を聞けば、トントン拍子にうまくいくという筋書きです。

 しかし合弁会社も企業ですから、その設立目的は利潤の追求にあります。利潤を追求しているのはよそも同じことですから、当然生き残りをかけた競争は熾烈です。まして後発組が生き残るためには、厳しい生存競争を勝ち抜いてきた先発組の何十倍もの努力をしなければなりませんが、そのことを社長に教えてくれる人は誰もいません。調子のいいことばっかり言っているみんなが狙っているのはただひとつ、社長の会社のカネだけです。

 中国進出の夢を語る経営者の中にはロマンなんぞを求めて「中国の人のお役に立ちたい」とかわけの分からないお題目を唱えたりしますが、始まる前からそんなことを言っていてはすでに負け組決定です。
 社長を連れてきた銀行だって、要は今あるカネをどうやって効率よく増やすかという冷たい視点によって行われるただの経済活動であって、そこには経済原理があるのみです。
 もちろん会社があることによって、地域の雇用を生み、従業員やその家族の生活を支え、技術その他によって社会に役立つという側面も否定はしませんが、ま、そんなものは怜悧な経済原理から見ればお笑いぐさです。

 何はともあれ「経営判断」という社長の一声で中国に合弁会社を設立することになりました。出資比率は最悪のこっち40%、向こう40%、銀行20%です。
 スタートしてからすぐにみんな気がつきましたが、合弁会社は日本と中国、どっち付かずの経営にあっちにふらふらこっちにふらふらしています。しかし双方それなりにネームバリューのある会社ですので、市場や業界関係者はそれなりに注目のまなざしを送ります。「こりゃマズい」と思っているのは内部のしかも一部の人間だけです。

 一年後、経営は赤字続きでちっとも好転する見込みがないと見た銀行は、勝手に出資持ち分を売り払ってさっさと逃げ出します。なんでもそうですが、一番最初に逃げるヤツには仁義もない代わりに損もありません。
 まあ、銀行にしてみれば当たるかも知れなかった宝くじが当たらなかっただけの話で、そういう時の逃げ方はマニュアルにもなっています。彼らにしてみれば「よくあることさ。さっさと次の獲物を物色するか」というだけの話です。

 残されたのはすっかり険悪なムードになっている日本と中国の双方の当事者です。そして一番苦労しているのは、合弁会社で働く人たちです。
 この問題の張本人である社長は今だに何が起こっているのかわからず、本社で中国から届いた月次報告を眺めながらつぶやきます。「中国はよう儲からんなあ」。

 今日も浦東空港には海千山千の連中が次の社長を連れて降り立ちます。


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謎のお局

海外で仕事する時は、二倍三倍人が悪くならないとなあと
父は申しておりました…。そんな父は、日本から休暇を終えて
赴任地に戻る時には、おねーちゃんたちへのおみやげを山のように
持って帰るオヤジでありましたが(爆)

しかし今から中国に進出って、なんだか夏になってからダイエットを
始めるような物だと思ってしまいますがいかがなもんなんでしょうか。
by 謎のお局 (2005-07-24 23:53) 

Tobermory

さすがお局様、私もそう思います。いや、むしろもう海にはクラゲがいっぱいいる状態かもしれません(笑)。このお話では具体性を出すためにちょっと銀行に悪者になってもらいましたが、すべての銀行がこんなに悪い訳ではありません。ここでも最終的に判断するのはあくまで自分自身です。それに、なにを隠そう私の父も銀行マンでした(笑)。
by Tobermory (2005-07-25 01:08) 

あおい

なるほど、コトの始まりはそんな感じなんですね。
業種にもよるでしょうが、こんなお気軽主婦ででも、今からの中国進出はかなり厳しいであろうと察しはつきます。あまり多くは語れませんが、うちのダンナの業種では、もう15年くらい前にそんな風だったような。
空港・街中・ホテルなどで視察旅行という名目であろう観光旅行できいる、ハシャギ系のおじさんチームを見る度に、事情や理由はどうあれ、私には「カモ」とか「残念チーム」「経費無駄使いチーム」に見えます。
by あおい (2005-07-25 12:16) 

くま

オイラの所が3年前で。。。乗り遅れたな~って思ってるんですが
その後も。。。進出多いですね。
あまりに多すぎて、わけわからんって言うのが正直な感想で
隣の日系会社すら、交流がないのも事実です。
いろんな不便も多いけど、失敗しても成功しても自分達の結果と。。。
独資で設立しましたが、まあ良かったのかなって思ってます。
by くま (2005-07-25 20:18) 

sanbonmatsu

当方も中国にチャンスがあると思っている一人かも知れません。
やっても株か不動産になると思いますが、日本に住んでいると情報や連絡など難しいと思ってます。日本のバブルの時と重なって見えてしまいますが、オリンピックまでは大丈夫だと思ってます。現地から見てどうでしょうか?
(9割以上冗談です。でも残りの1割は本気かも、でした。)
by sanbonmatsu (2005-07-25 21:57) 

Tobermory

>15年前でこの状態とは、あおいさまのダンナさんのお仕事はかなりしんどそうなお仕事ですね。業種によっては未だ時期尚早というところもありますから、一概には言えませんが。しかし「カモ」「残念チーム」「経費無駄使いチーム」には大笑いさせていただきました。

>くまさん、独資には独資のしんどいところがありますよね。ただでさえ勝手の違う外国で、しかもそれが中国ですからね(笑)。でも3年前で「乗り遅れたな~」と感じられるのは日系企業の中国標準ではないでしょうか。中国は若干「乗り遅れたな~」くらいでちょうどいいと思うのは私だけかな(笑)?

>sanbonmatsuさん、やはり一概には言えないところだと思います。あくまで一般論ですが、上海の不動産投資は一番おいしいところは終わったと思います。ただ物件によってはまだチャンスがあるかもしれません(例えば日本でも復活が早かった中心部とか)。株は知り合いの上海人が「大失敗だ、もうこりごり」と言っていましたが、これも業種や経営者などいろいろな要素があり過ぎて、なんともコメントのしようがありません。一度見に来てください、私がアテンドしますよ。
by Tobermory (2005-07-25 23:52) 

pochi

私のもと上司がまさに今、関連会社の中国進出を行っています。
しかし本人と一部の人意外はみんな冷静に見ています。
「ダメなんじゃないか?」
もちろん本人は聞く耳を持ちません。
今の行動が"自分自身の誤った判断"でなければよ良いのですけどね。
by pochi (2005-07-25 23:59) 

Tobermory

>pochiさん、こんばんは。自分が今どれだけ冷静な判断を下しているのか分かるのは、神様ぐらいでしょう(笑)。でも不思議なことに間違った判断をしていても成功に辿り着く人がいるものです。pochiさんの元上司の方が今どんな方法で中国進出を考えてらっしゃるのか存じませんが、信念さえあれば意外と侮れませんよ(笑)。
by Tobermory (2005-07-26 00:18) 

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